2018年4月18日水曜日

ホームページの番号が本日より変更しました。2002-3       つまり、2002年7,8,9月まではこの番号で開いてください。(77日記)梅雨はまだあけません。でも猛暑、本日は
本格的なま夏のような暑さです。

■ 梅雨明け(?)、夕べは熱帯夜でした。(78日記)
ごぶさたです。実は、ホームページの調子が悪く、書き込みも中断していました。半年も経ったのに、まったく頼りない、自信がないのです。機械オンチということを痛感しています。
さて、昨日の暑さ、一日中冷房でした。電気代がかかる、かかる、といいながら、名犬、愛犬はな子がどうも暑さ負けしそうなので、彼女もいいトシですから、で、一大決意のもと、冷房に踏み切ったのです。

畑は、絶好調です。大根は、残りあと9本。おいしくいただいており、きゅうり、なす、いんげん、はほぼ毎日、食べるだけ採って食べ、ご近所、友人たちにもおいしさをお分けしております。今朝は、朝からカンカン照りのまるでま夏の暑さなので、時間をかけて水をやりました。
17日からモンゴルへ行くことにしたので、この1間は、いつもより忙しく出たり、入ったりの楽隠居です。

■本日は、吉日なり       (727日記)
涼しい草原の国モンゴルから帰ってくると、亜熱帯のようなこの暑さの足立区神明町が待っていました。いやあ暑いのなんの、「暑いです」。留守中預けていた動物病院が冷房有で、名犬はな子は、帰宅しても冷房が大好き。猛暑の外へ出ても、おしっこがすむと、飛んで駆け込みます。
さて、本日は、吉日、のわけ。楽隠居の私、心配ごとなどない毎日をおくらせていただいております。有事法制とか、秘書給与横取り問題とか、パレスチナとか、さらなるテロとか、こうした世間のさまざまな難問など、一向に気にせず、朝は納豆と味噌汁、昼は立ちそば、夜は、冷麦と奴、というパターンの三食に恵まれた隠居生活。その隠居生活で唯一気がかりなことが発生しました。約1か月前のことです。寝ていたら、枕元をないかが通過。起き上がってあたりを見回す。名犬は、定位置で爆睡中。おかしいな、もしかしたら、大物のゴキブリかな、ということにして、その後、1週間たった夜。新聞を読んでいたら、なにやら黒いものが、こっちの部屋からあっちの部屋に走り去りました。黒いものは、パソコンの机の下でいったん立ち止まり、様子を見ています。ねずみ、ねずみです。えらいことになった、とその夜は眠れませんでした(うそ)。翌日、半日かけてねずみ
がいるはずの部屋の大掃除をしました。何年ぶりかの大掃除をしてしまいました。でも、どこに隠れているのかまったく姿を現さず、そっちがそうなら、こっちはこうだ、と買ってきたねずみ退治の薬や、ぺったんこ紙をあちこちに仕掛けました。人間さまの方が、こ
こ(頭)が上よ、なんていいながら。
しかし、それから1か月、まるで音なし、姿なし。でも仏壇のごはんが毎日なくなっており、敵はどこかでしっかり暮らしていることは確認できます。その間せっかく仕掛けた強力接着剤を踏んでしまったり、薬をごみと間違えて掃いてしまったり、「無駄な抵抗かな
あ」、と人間さまの無力感を味わいました。
モンゴルから帰り、名犬はな子も帰宅し、やれやれ、といつもの生活に戻ったこの家の住民。ねず公のことなどすっかり忘れていました。ところが、です。はな子のご飯が、部屋のあちこちに散乱しており、はな子に尋ねると、
「自分ではない。田口家の名犬は、そんなに行儀悪くないよ」、
といい、そうか、出た、ねず公だ。というわけで、例のぺったんこ紙をはな子の食事の近くに仕掛けました。と、深夜1時45分。ぎゃあ、きゅう、という叫び声。待ってました、とこちらも叫んでしまいました。四足をしっかり接着剤にくっつけた立派な体格のおねず
み様が、無念そうな面持ちでこちらを睨んでいます。
「いやあ、私めの勝ちですね、へっへっへ」、
と私。はな子もやってきて、やったね、と眺めています。深夜の捕り物は、こうして、人間さまの大勝利でチョン。
本日は、まさに吉日なのであります。

■ 大事なお知らせ   (727日記)
Home Pageのことではなくて、Mail Addressのことです。私、楽隠居の都合ではなくて,NTT都合で、MailAddressが次のように変更。

■ バス旅行、してしまった。(86日記)
くじに当選し、日帰りバス旅行ご招待というのに、行ってきました。85日、まだまだ暑い日でした。行く先は山梨県。外は本日も記録的な猛暑ですが、バスの中はがんがんに冷房が効いていて、持参の長袖を着るほどの寒さ。
月曜日の首都高速道路は、やはり混雑していて、目的地の大月に着いたのは、11時半。甲州街道は、新宿から歩いたことがあり、バスからの景色も、見慣れたところがあり、それなりに楽しみましたが、それにしても4時間もバスの中とは、あきるし、くたびれる。
まず、桃食べ放題。大型バスがすでに何台も駐車しており、桃園のお兄さんに案内され、桃2個が載せてあるステンレスの皿とナイフを置いたテーブルに着席。どうぞ、といわれ、無言で皮むき作業。ま、おいしい、ね。産地だもんね。2個め、あまり張り切れず、
「どうぞ、2個めしあがった方、こちらの箱からおとり下さい」、
とお兄さんがすすめるものの、もう充分です。「くれぐれも」、を繰り返しながら、桃はここで食べるだけです、くれぐれもお持ち帰らないように、ですって。

食べ終えても、バスはすぐ出ず、しかたなく、売店を見て歩く。桃はもちろん、この季節、ぶどうもいろいろ種類がそろえてあり、気がつくとみな買わされおり、発車したバスの中は、いっぱいの桃の香りでした。
 次は、昼食。ここにも先客多し。二階には、すでに昼食が用意されており、なんと、卓上コンロには、火がはいっており、ほうとうがぐらぐら煮立っていました。そうです、ここは、山梨県。でも、暑い夏向きではないようですね。でも、食べるしかない。汗びっしょりかいてふうふういいながら、いただきました。またしても、バスが出るまで1時間もあります。一階の広―い売店で、売り子のおばさんたちが、叫んでいます。御菓子、漬物
どこにでもあるおみやげの品々が並んでおり、やることなく、気がつくとみな買わされたものが入っている袋をさげて、バスに乗りました。
 
三番目、宝石工場。立派な建物で、冷房完備。入口近くのロビーには、見学を終えた先客たちがたむろっています。やることなくても、バスには、戻れない仕組みになっているようです。調子のいい説明を聞き、工場内を見学。といっても、即売が目的のようです。現金持ち合わせのないお客さんのために、ローン手続きもします、とのこと。関心ない人、宝石欲しくない人も多く、ここでも、やることなく、自動販売機で買った水を飲みなが
らぼんやり。前の団体さんが占領していて座るところもなく、待つのもたいへん。

 最後は、ワイン工場。ここならいいか、と少し期待しつつ下車。工場内見学。いよいよ、ワイン試飲、と入って行くと、大きな売店でした。ところどころにガラスの器にワインが入れてあり、カキ氷にシロップをかける時に使う、小さな杓と、お猪口ほどのプラスチックのコップ。ワインは日本酒じゃあないんだよ、こんなちゃちいコップで飲むなんて、といいつつ、それでもしかたなく飲む。おいしくないね、こちとらは、なんたって本物のワインを常飲している通だってんだ。ほろ酔い気分で、との期待ははずれ、帰路のバスが発車したのは、4時すぎ。
「本日は、みなさまのご協力のおかげで時間通りの旅でした」、
とガイドさんは、叫んでいましたが、高速という低速道路を延々と5時間以上も停まり、走り、家に着いたのは、10時過ぎでした。名犬はな子は、待たされ過ぎに腹を立ててか、用意した遅い夕食には、目くれず、寝続けていました。

教訓「ただより高いものはない」「旅は、歩くにかぎる」。「バス旅行は、二度と行かない」。

■ 暑かったけれど、よく遊んだ7、8
79日、遊歩隊のみんなと、浦和あたりの見沼通船掘り歩き。かつては、江戸の穀倉、野菜供給基地として、活躍したここら辺も、今は、雑草生い茂る原野。ところどころに家庭菜園がありました。
7月11、12日、伊豆は天城のIBMセミナーハウスでの一泊二日の合宿。現役女性キャリアの面々が集合。
楽隠居は、みなさんの発言をただただ感心して傍聴。コンピュータを駆使した、いわゆるペーパーレス時代の到来を実感。

715日、足立保健所関連の「夏を元気にー実演と講演」の会、でした。出席の高齢者も、障害のある方たちも前回と同じ顔ぶれ。みな心身ともに元気なのに感動。

7月16日からモンゴルへ。この6月から、ウランバートルまでの直行便が、成田空港から出るようになり、初乗りでした。4時間30分。近くなりました。たまたま、モンゴル出身の朝青龍が、優勝か、という時期で、なぜか、旅先のモンゴルで、毎日NHKのテレビを見てしまいました。

730日、東海道は、富士から沼津まで、カンカン照りの千本松の土手を歩きました。

83日、畑仕事。じゃがいもの収穫、と張り切ったわりには、いい出来ばえでなく、昨年の三分の一しかありませんでした。つぶも小さくて、やはりさつまいもといっしょにしてしまったのが原因のようです。でも、味はよかった。うまかったです。

8月7日、川口から大宮までをつなぐ赤山道(旧道)を遊歩隊といっしょに歩きました。東川口からバスで赤山城跡へ。ここの陣屋の当主伊奈半十郎が、なかなか出来た人で、地域の開発、特に水利事業に貢献、江戸の台所を任されたとか。植木で有名な安行は、その名
残りとのことです。「赤山道」の道標を、足立区内の竹の塚の旧日光街道でみつけましたが、当時は、江戸とつながっていたようです。

814日、お盆。寺の坊さんが、例年の如くわが家へお経をあげに。一族郎党全員集合。

817日、名犬はな子を乗せ、自転車で草加まで。道に迷い、帰りは暗くなってしまった。 そして、これから。。。。。。

826日夜行で富山へ。富山城跡、途中、立山博物館などに寄り、室堂泊まり。翌日、立山・黒部を越えて、信州大町へ。長野経由で帰京の予定。

暑かったけれど、立春 - 処暑(823日)を過ぎると、さすがに秋を感じさせます。気候だけでなく、BSEだの、日本ハム、道路公団、党首選挙、子どもを殺す親、祖父母殺しの孫、そしてヨーロッパでは、大洪水、話題が暑苦しい夏でした。
新聞読むと、暑い、テレビを見ると暑い、名犬はな子は毛皮が脱げずに暑い、で24時間冷房をつけっぱなしにしていたら、なんと、月額電力料15700になっていました。こんなに使ったのは、史上初めてのことです。いつも基本料金だったのに。

 新聞見ていたら、「ハライタ ウンコ」という文字が目に入ってきました。最近のコピーは、過激だね、と独りごと。で、もういちど、よーく見ると、
「ハラタイラ ウコン」、
だった。私のあたまもこの暑さで、チャネルが狂ってしまったようです。

■ニューヨーク多発テロの一年前  (99日記)
もう一年たったんですね。あの事件から。
そうです、一年前、私は、旧東海道歩きの旅先三重県の亀山宿にいました。寝る前に明日の天気を確認しておこうと、テレビをつけたのが11頃。ニューヨークの貿易センターのビルが大写しで画面に。煙をふきあげながら、見ている間に倒れました。大勢の人たちが走って逃げています。
どのチャンネルをまわしても、映像は同じで、伝えるアナウンサーたちの声がうわずっていました。
国連本部ビルでUNDP(国連開発計画)の仕事をしていた時、何度か貿易センタービルに行ったことがあり、国連ビルもそうですが、こんな高いところで働くなんてまっぴら、と思ったりしていました。
高いところは、山だけでいい、と今でも信じています。当時、東京にはまだ高層ビルがそれほどなく、そんな理由で、高いビルから逃れるためにアフリカのスーダンへの任地替え申請をし、ニューヨークを脱出したのでした。
そんなことを思い出しながら、結局、朝までテレビの前にいました。

アメリカがアフガニスタンを攻撃したり、日本も自衛隊を後方支援という名のもとに、派遣したり、いろいろありました、この一年。
戦後ずっと続いてきた二極(米ソ)構造が終焉し、新たな国際環境で、との期待もこの事件でご破算になってしまった。
楽隠居も、たまには、人類の将来を真剣に考えています。

■「秋」、になりました、待ってました(914日記)
今朝、開けっ放しの窓から、冷たい空気が入ってきて、「秋だ」、「秋だ」、と虫が鳴いていました。あんなに暑かったのに、こんなに涼しくなってしまって。
やっぱり秋が来たのです。
3日前に着手した靴入れが、ようやく完成しました。これまで使っていた靴(スニーカー)入れが、10年めにして壊れてしまい、この際、自前で、と設計図を描き、ホームセンターで格安の端切れ板と接着剤を買ってきました。
1日め、図面通りうまくいくはずだったのが、寸法を勘違いして鋸をひいてしまい、失敗。2日め、分解してもう一度組み直し、(板が安物だったので、釘を抜くとわれてしまい、修復がたいへん)、夕方暗くなるまでやって、
3日めの今朝、ようやく完成しました。11足の靴がきちんと収納できる立派な作品。靴底部分には緑色のフエルトを敷いた本格的なもので、自分で言うのもなんですが、なかなかな出来栄えです。材料費1450円。

■「暑さ」寒さも 彼岸まで    (924日記)
不思議ですよね。お彼岸が過ぎたら、こんなにも涼しくなってしまって。 天気予報士なんかより、昔の人たちの知恵の方が「当たり」、確率は上。
本日、朝から好天気。金木犀の匂いが、あちこちから寄ってくるいつもの遊歩道。当年とって14歳の名犬はな子と1時間近く歩きました。
俳句でもいい、短歌でもいい。なんか、文学的に、と私。ふんふん、これは佐助か、ちがうな、マリちゃんか、ハリーかなあ、桃太郎か、シロか、新之助、うん、違う、ゆかりチャン、  名犬はな子は、お知り合いの印(おしっこ)の品定めに気持ち集中。

いつもの道で、早朝草むしりのおばあに会いました。
毎朝、5時には畑に出るとのこと。彼岸花を束ねて、
3日くらいもつよ、もって行きな」、
と、くれました。
次は、いつもはいないのに、
「涼しっくって、よく眠れてね、おかげで早くおきちゃって」、
と、今度は、なすを一袋。
「秋なすだよ、スーパーのより、うまいよ」、
って。いい朝でした。
 
 朝いちばん 彼岸花と 秋なすで
           はな子ともども 夏さようなら






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